「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の誤解

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の誤解

普段使っている言葉には誤解していることが多い。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず(福沢諭吉)」 の言葉の解釈については知っていましたが、この「健全なる精神は健全なる身体に宿る」のことは知りませんでした。以前にも引っかかっていたことはあるのですが、その時には調べもしないで勝手に”健康”という解釈の違いによるものだと思っていたのですが、今回調べてみると少し違っていたようです。
私もこの言葉は誤解していたので、記事にしておきたいと思います。他にもこうした言葉の解釈の違いってあるのだろうなと改めて思います。
おかしいと感じたとき、徹底的に調べてみることはやはり大事なことだと痛感しています。

このような解釈をしている方もいらっしゃいました。http://bit.ly/1aOqdLP

この解釈にも二通りあります。一つは単純な解釈。「余計な煩悩を神に願うな。心身ともに健康であることだけを祈るべき」ということです。これがすべての基本ですし、富や名声があっても心身いずれかの健康を損なっていたら幸せではないからです。
もう一つは皮肉をきかせた解釈。肉体ばかりを鍛えて勉学をおろそかにする若者や世の風潮を嘆き、「精神も健やかであることを祈ろうよ」と皮肉っているというのです。「健全な肉体には健全な精神が宿り難いもの」という認識が前提にあるという解釈です。肉体が頑健に過ぎると病弱な人の悩みや敗者の痛みがわからず傲慢になってしまうことも多いことを指摘しています。
僕は後者の皮肉をきかせた解釈が正しいのではと思います。単純に心身ともに健康であることの重要さを説いただけでは風刺になりません。皮肉屋のユウェナリスなら、当時のマッチョなローマ社会を皮肉って詩を作ったかもしれません。また、この詩には数行にわたって健全な精神についてくわしく書かれています。ユウェナリスがローマ市民に対して、誘惑に打ち克つ勇敢な精神を強く求めていたことが窺えます。漫画家の小林よしのり(Yoshinori Kobayashi, 1953-)もこの説をとっています。漫画作品『ゴーマニズム宣言』で彼は病弱だった自分の幼少時代をふりかえりながら、「健全な肉体に健全な 魂が宿る」は「健全な肉体に健全な魂が宿れかし(=健全な肉体の持ち主にも 健全な魂が宿ればいいのになぁ)」の誤用だったと書いています。
時代によってまるで正反対の意味に使われたこの言葉、格言が一人歩きした一例ですね。

以下はWikipediaより引用させて頂きました。

『風刺詩集』第10編第356行にあるラテン語の一節;“ orandum est, ut sit mens sana in corpore sano ”は一般には「健全なる精神は健全なる身体に宿る」(A sound mind in a sound body) と訳され、「身体が健全ならば精神も自ずと健全になる」という意味の慣用句として定着している。しかし、これは本来誤用であり、ユウェナリスの主張とは全く違うものである。そもそも『風刺詩集』第10編は、幸福を得るため多くの人が神に祈るであろう事柄(富・地位・才能・栄光・長寿・美貌)を一つ一つ挙げ、いずれも身の破滅に繋がるので願い事はするべきではないと戒めている詩である。ユウェナリスはこの詩の中で、もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body) と語っており、これが大本の出典である。以上の背景から、単に「健やかな身体と健やかな魂を願うべき」、つまり願い事には慎ましく心身の健康だけを祈るべきだという意味で紹介されることがあるが、それも厳密には誤りである。健全な精神については数行に渡って詳細に記述されており、ユウェナリスがローマ市民に対し誘惑に打ち克つ勇敢な精神を強く求めていたことが窺える。その後しばらくは本来の正しい意味で使われていたが、近世になって世界規模の大戦が始まると状況は一変する。ナチス・ドイツを始めとする各国はスローガンとして「健全なる精神は健全なる身体に」を掲げ、さも身体を鍛えることによってのみ健全な精神が得られるかのような言葉へ恣意的に改竄し、軍国主義を推し進めた。その結果、本来の意味は忘れ去られ、戦後教育などでも誤った意味で広まることとなった。このような誤用に基づいたスローガンは現在でも世界各国の軍隊やスポーツ業界を始めとする体育会系分野において深く根付いている。『アシックス』はこの語をアレンジした頭文字を社名にしている。現在は冷戦も終わり軍国主義を掲げる必要がなくなったことや、解釈によっては身体障害者への差別用語にもなりかねないことから、多くの国では身体と精神の密接な関係とバランスを表す言葉として使われている。
ユウェナリスの詩ラテン語原詞 日本語訳…

orandum est ut sit mens sana in corpore sano.fortem posce animum mortis terrore carentem,qui spatium uitae extremum inter munera ponatnaturae, qui ferre queat quoscumque labores,nesciat irasci, cupiat nihil et potioresHerculis aerumnas credat saeuosque laboreset uenere et cenis et pluma Sardanapalli.
monstro quod ipse tibi possis dare; semita certetranquillae per uirtutem patet unica uitae.

(『風刺詩集』第10篇356-64行)……強健な身体に健全な魂があるよう願うべきなのだ。勇敢な精神を求めよ。死の恐怖を乗り越え、天命は自然の祝福の内にあると心得て、いかなる苦しみをも耐え忍び、立腹を知らず、何も渇望せず、そして、ヘラクレスに課せられた12の野蛮な試練を、サルダナパール王の贅沢や祝宴や財産より良いと思える精神を。
私は、あなたたちが自ら得られることを示そう。必ずや善い行いによって平穏な人生への道が開けるということを。


写真はデキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis, 60-130 AD, 19世紀頃に描かれた肖像画)By Napoleon Vier at nl.wikipedia (Transferred from nl.wikipedia) [Public domain], from Wikimedia Commons

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甲斐由美子 について

お子様の不登校、ひきこもりの解決策提案サロン 代表 市民団体 健やかに生きるために頑張ろう会 代表
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